〔メルマガ・コラムより〕市民社会・民主主義のトレーニング
posted on 2009年7月18日 01:58
スポーツナビに、サッカーのヒディング監督(02年日韓W杯の
韓国監督であり、06年ドイツW杯のオーストラリア監督)の
ユース世代育成に関するレクチャーの記事が載っていて、
興味深い。
(ちなみに、06年オーストラリア戦で、なぜ日本が負けたかも
よくわかる記事です。。)
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/hs/other/text/200907050003-spnavi.html
・コーチはエクササイズの段階からフットボールの問題、選手が
いろいろとチャレンジできる状況を提供していくべきである。
・フットボールでは毎回状況が違う。そこで選手自身が問題を解決
すべく考え、試行錯誤することによって、クリエーティビティーは
身についていく。
・ユース世代の育成で素晴らしい監督というのは選手に模索させる。
それが育成の鍵だと思う。
・親はユースの育成から距離を置くべきである。一般的に見て、
親の影響は選手の育成に悲惨な結果をもたらすという。
誤ったプレッシャーを子供にかけてしまう親がいるからだ。
同時に、これらのユース世代育成の前提として、
・テクニカルなスキルの習得は14~18歳では遅い。
その年齢では完ぺきに近くないといけない。6~13歳までに
毎日のようにボールコントロールを教えることが重要だ。
とも述べています。
最近、市民社会や民主主義にはトレーニングが必要なんだな、と
強く感じています。
もはや、何か正しい答を誰かが知っている時代は終わりました。
イデオロギーとか、シンプルな経済原則とかいった「前提条件」が
不明確であり、共有しづらい時代において、どのようにチームを
コミュニティを、社会&世界を担っていくのか。
答のない問題に直面し続け、そこからより良くなれるような方法を
見つけ、実践していくには、そのためのトレーニングが必要となります。
これから数年、日本も世界も、様々な困難な状況が待っているでしょう。
それをネガティブに捉えるのではなく、次の社会をつくる貴重な
試行錯誤の時なのではないか、と考えるようになりました。
僕たちは成熟した社会に住んでいると考えがちなのですが、
新しい酒は新しい革袋に盛らなければならないなら、
実は、新しい時代へのユース世代なのだと考えることが大切ではないか。
僕たちは、新しい時代に向けて、僕たち自身が模索する体験を
必要としているのだろうと感じます。
その模索を体感してこそ、市民社会や民主主義のイニシアティブや
クリエイティビティが人々の間に身についていくのだと思います。
勇者も賢者も、経験値なしでは育たないのですから。
もちろん目の前の危機への管理は大切なのですが、
次の次の次のために、今、何を模索しないといけないのか、
それを考えれるくらいには、人生って長いものかもしれないな、と
最近、感じています。
ただ、模索が力となるために、イニシアティブやクリエイティビティ
という結果につながるためには、前提としてスキルが必要です。
なぜなら、スキルのある模索は、スキルのない模索よりも、
より質の高い経験ができるから。
スキルの基本的な枠組みと考え方を身につけて経験を重ねる人は、
経験しながらスキルを模索する人よりも、より体験の本質を理解し
自分の力へとすることができる可能性が高くなります。
実践的な「模索」の前提として、スキルを学ぶことが必要なのです。
市民社会、民主主義、ビジネスに共通していることは、
「人が集う」ことから始まる、ということ。
いくら理念や志、良い計画があっても、「人が集う」を扱うスキルが
弱ければ、質の高い現場と経験は難しいでしょう。
職場のモチベーション・アップ、顧客コミュニティの構築、
他部署・他組織の連携、地域社会での合意形成、
主体的な参画のネットワークづくり、世代を超えた連携、
社会起業のための顧客や支援者の巻き込み・・・
今、社会活動やビジネスの様々な現場で課題となっている多くのことが
「人が集う」を扱うスキルを前提としています。
しかし、その基礎スキルを「何となく」のまま、先を進めようと
しても砂上の楼閣となるのではないか。
だからこそ、empublicは「人が集う」=場づくりのスキルを学ぶ機会
づくりに取り組んでいます。
「場づくりスキル」は、経験値から身につくところが多いのですが
経験が不足している状態のとき、経験を補完し、習得を加速するために
トレーニングが必要となる。
それを使いやすいサービス・商品として提供することを目指しています。

